1956〜現在 | フランスフットボール誌が創った「至高の賞」

バロンドール70年史——最高の選手をめぐる栄光と議論の歴史

2026年5月約9分
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Hara Tech 編集部

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1956年にフランスフットボール誌が創設したバロンドールは、世界サッカー最高の個人賞として君臨し続けている。スタン・マシューズから始まり、クライフ、プラティニ、フィーゴを経て、メッシとロナウドが支配した時代まで——70年にわたるこの賞の歴史は、サッカー史そのものを映す鏡だ。

1956年——「黄金のボール」の誕生

フランスフットボール誌の記者ガブリエル・アノーが考案したバロンドールは、1956年に第1回が行われた。最初の受賞者はイングランドのスタンリー・マシューズ。41歳での受賞は今も最年長記録として残っている。創設当初は「ヨーロッパでプレーするヨーロッパ人選手」のみが対象で、これがブラジルのペレやアルゼンチンのマラドナを対象外にした。

この制限がいかに不公平かは当時から議論されていた。1958年のW杯でブラジルを優勝に導いたペレは受賞資格がなく、1970年の「最も偉大な大会」と称されるW杯でも同様だった。1995年に受賞資格が全世界の選手に拡大され、その年にリベリアのジョージ・ウェアが欧州でプレーするアフリカ人として初受賞したことは歴史的な出来事だった。

クライフ・プラティニ・マテウスの時代

1970年代はヨハン・クライフが時代を支配した。1971年、1973年、1974年の3度受賞はプラティニが並ぶまで最多記録だった。クライフのバロンドールは「トータルフットボール」という革命的な戦術哲学の証明でもあり、アヤックスとオランダ代表が世界を席巻した時代の象徴だった。

1980年代に入るとプラティニが3連続受賞(1983-85)でクライフと並んだ。その後、バンクーバーでW杯2度制覇を達成したドイツのロタール・マテウスが1990年に受賞するなど、W杯の結果がバロンドールに直結する時代が続いた。この時期のバロンドールは「その年の世界最優秀選手」という認識が定着していった。

ロナウジーニョの絶頂とメッシ・ロナウドの時代

2004年、2005年のロナウジーニョ連続受賞は「純粋な喜びとしてのサッカー」を体現した選手が評価された時代を示す。その後、2006年のカンナヴァーロ(W杯優勝の守備的選手)、2007年のカカと続き、2008年から歴史が変わる。クリスティアーノ・ロナウドとリオネル・メッシという二大巨頭の時代の始まりだ。

2008年のロナウドから2023年のメッシまでの16年間、バロンドールはほぼ2人が独占した。メッシが8度(2009、2010、2011、2012、2015、2019、2021、2023)、ロナウドが5度(2008、2013、2014、2016、2017)受賞。この「二強時代」は史上例のない現象で、ロナウドとメッシ以外が受賞したのはモドリッチ(2018)とルカ・モドリッチの1回のみだった。

この独占状態は選手の圧倒的な実力を示すと同時に、「毎年同じ顔」という批判も生んだ。特にレバンドフスキはコロナ禍で2020年の大会が中止になり受賞機会を逸したとして、多くの専門家が「最大の被害者」と指摘している。

賞をめぐる論争——商業化と公平性の問題

2010年から2015年まで、バロンドールはFIFAと合併し「FIFAバロンドール」として授与された。しかし採点基準の透明性や商業的な影響への批判から、フランスフットボール誌は2016年に単独での授与を再開した。この背景には「大きなクラブの選手が有利になる」という根本的な批判があった。

現在のバロンドールは、選手・監督・代表チームの成績を総合的に評価する新基準を採用し、透明性の向上を図っている。しかし「チャンピオンズリーグ優勝クラブの選手が有利」「ヨーロッパでプレーしていない選手は不利」といった批判は今も根強い。70年近く続くこの賞は、サッカーの価値基準や美学を反映する鏡であり続け、その議論の豊かさ自体が「バロンドール文化」の一部になっている。

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