2010〜2018 | 190cm・100kgの超人が描いた技術と力の融合

ヤヤ・トゥレ——コートジボワールの巨人がシティで証明した「MFの体格革命」

2026年11月約6分
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Hara Tech 編集部

欧州サッカー専門メディア「ultrasrei.com」編集部。プレミアリーグ・ラ・リーガ・セリエAを中心に、戦術・歴史・選手考察を発信。

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ヤヤ・トゥレは190cmの長身と強靭な体を持ちながら、技術と視野の広さも一流というMFだった。マンチェスター・シティでの8年間は、シティがビッグクラブへと変貌する過程と重なり、その中心にトゥレが常にいた。

バルサからシティへ——才能の移植

ヤヤ・トゥレは1983年、コートジボワールのジャコウに生まれた。モナコ、ベシクタシュ、メタリスト、バルセロナと渡り歩いた後、2010年にマンチェスター・シティへ移籍した。バルサでは控え的な立場だったが、シティでは自由を与えられ爆発した。

トゥレの特徴は「フィジカルと技術の同居」だ。190cmの巨体で相手を弾き飛ばしながら、テクニカルなドリブルとパスを繰り出す。体格だけを見れば守備的なCBかと思うが、実際はゴールを量産する攻撃的MFだった。シティ移籍後の最初の4シーズンで50ゴール以上を記録している。

シティ黄金期の立役者

2011-12シーズン、シティはプレミアリーグ優勝(ロスタイムのアグエロゴール)を果たした。トゥレはこのシーズンに20ゴールを記録し、MFとして驚異的な数字を残した。続くシーズンでもトゥレは安定したパフォーマンスを発揮し、シティのプレミア制覇に貢献し続けた。

グアルディオラ就任後(2016年)は徐々に出場機会が減ったが、30代後半でもコンスタントに活躍した。2019年に引退したトゥレの後継者はまだ存在しない——あのサイズ感とテクニックの組み合わせを持つMFは、現代サッカーでも稀有な存在だ。

コートジボワール代表のシンボル

ヤヤ・トゥレは兄コロ・トゥレとともにコートジボワール代表を長年支え、2015年のアフリカネーションズカップでは51年ぶりの優勝に貢献した。試合後に「この優勝はアフリカ大陸のすべての子供たちのためだ」と語ったトゥレの言葉は、アフリカサッカーの発展を象徴する一言として広く知られている。

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