2004〜2015 | 怪我を乗り越えた天才と、最後の黄金シーズン

ロビン・ファン・ペルシ——アーセナルの魂がユナイテッドに移った夏

2026年5月約7分
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Hara Tech 編集部

欧州サッカー専門メディア「ultrasrei.com」編集部。プレミアリーグ・ラ・リーガ・セリエAを中心に、戦術・歴史・選手考察を発信。

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ロビン・ファン・ペルシがマンチェスター・ユナイテッドに移籍した2012年夏、アーセナルファンは怒り、ユナイテッドファンは歓喜した。その年のプレミアリーグ得点王(26G)でユナイテッドの20年ぶりリーグ優勝を牽引した彼は、アレックス・ファーガソン最後の采配の中心にいた。

アーセナルでの苦闘——怪我と花開いた才能

2004年にフェイエノールトからアーセナルへ移籍したファン・ペルシは、当初は怪我との戦いが続いた。足首・膝・筋肉と次々に離脱を繰り返し、「才能はあるが壊れやすい選手」という評価が定着しつつあった。しかし2011-12シーズン、ついに完全覚醒した。

その年のプレミアリーグで30ゴールを記録し、得点王を獲得。左足の精度、ヘディング、反転シュート——どれをとっても欧州最高水準のパフォーマンスだった。アーセナルの8年間で「キャプテン」として慕われていた彼が翌夏にユナイテッドへ移籍すると発表した時、アーセナルファンが感じた衝撃と裏切りの感覚は今も語り継がれる。

2012-13シーズン——ファーガソン最後の優勝を決めたゴール

ユナイテッド加入1年目の2012-13シーズン、ファン・ペルシはプレミアリーグ26ゴールを記録し再び得点王に輝いた。4月のアストン・ビラ戦で決めたハットトリック——特に3点目の左足ボレーはその年のプレミアリーグベストゴールに選ばれた。このゴールでユナイテッドの優勝が事実上確定した。

しかしこのシーズンはファーガソン監督の最後のシーズンでもあった。26年間ユナイテッドを率いた名将の最後の戴冠に、ファン・ペルシは最大の貢献をした。「アレックスのために優勝したかった」と後に語ったファン・ペルシの言葉に、選手と監督の信頼関係の深さが滲む。

オランダ代表と2014年W杯

2014年のW杯ブラジル大会、オランダはグループリーグでスペインと対戦した。前回W杯決勝の再戦となったこの試合、ファン・ペルシは前半45分にカスタス・ジョルゲの折り返しを頭で合わせ、GKの頭上を越える美しいダイビングヘッダーを決めた。オランダは最終的に5-1で圧勝し、このゴールは大会最高のゴールの一つとして語り継がれた。

ファン・ペルシはこのW杯でオランダを3位に導いた。クラブレベルでの「アーセナルかユナイテッドか」という二面性とは別に、代表では常に誰よりも勝利を渇望する選手だった。引退後の彼は指導者への道を歩んでおり、その技術と経験は次世代に受け継がれつつある。

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